宗教批判の原理「三証」について

このページでは創価学会が宗教の正邪・高低浅深・優劣を定める判断基準の1つとして用いていた「三証」について説明しておきたい。
三証というのは文証(文献的証拠)・理証(理論的整合性)・現証(現実の上での証明)の3つを言う。
この用語は仏教一般で使われる事もあるが、主に日蓮系の各宗派で使われている考え方で、創価学会では次のように説明している。

三証(創価学会ホームページの記載内容を抜粋編集)

①「文証」......その宗教の教義が経文、仏典の上で裏付けを持っているかどうかという事。
日蓮大聖人は、経文上の明確な根拠のある教義を用いるべきであり、経典によらない教えを用いてはならないと戒められている。
文証に基づかない教義は、所詮、自分勝手な主張になるからである。
仏教であるならば、釈尊の教え、すなわち経文に基づくものでなければならない。

②「理証」......その宗教の教義や主張が道理に適っているかどうかという事。
日蓮大聖人も「仏法と申すは道理なり」と仰せのように、仏法はあくまで道理を重んじる。
道理に外れた主張は用いてはならない。

③「現証」......その宗教の教義を実践した結果が生命や生活、そして社会にどのように現れたかという事。
宗教とは、観念的なものではなく、人々の生活や人生の側面に必ず大きな影響を与えるものである。
そして、その現実の結果がどう生活や人生に影響を与えたかで、宗教の勝劣浅深を判断していくべきである。
これら三証の中で、最も重要なものがこの現証なのである。
また、この三証のどれか一つが欠けても正しい宗教とは言えない。
薬で譬えれば、成分表や効能書きがあり(文証)、
効き目がある確かな理由があり(理証)、
実際に服用して、体が回復するという明確な結果が出てこそ(現証)、有効な薬と言える。
反対に適切な薬でなければ体にとって毒となってしまう。
日蓮大聖人の仏法は、理論の上でも、現実の上でも、万人が納得できる客観的、普遍的な根拠を持つ宗教なのである。